あと少し早く生まれて

 白薔薇の蕾が部屋の扉に手をかけた時、それは起こった。

「きゃっ?!」
 中から聞こえてきた、可愛らしく短い悲鳴。
 聞き覚えのあるそれに、自然とため息がもれる。
 あぁ、またか。
 どっと両肩が重くなる感覚と同時に、ふつふつと沸き起こるのは怒りの感情。
 眉間と添えた手に力を入れて、胸いっぱいに空気を吸い込む。
 準備完了。
「お姉さまっ!!」
 叫びながら扉を開けると、予想通りの光景が目に飛び込んでくる。
 突然の乱入者に驚きつつも困り顔の黄薔薇の蕾。呆れ顔なのはその妹。
 黄薔薇さまは「面白くなってきた」とばかりにニヤニヤと笑っている。
 お姉さまである白薔薇さまこと佐藤聖は、首だけこちらに向けて意地悪く笑った。
「あれ、意外に早かったのね」
「早かったのねではありません。何度言ったらわかるんですか?!」
「もぉー。今日はじめて顔をあわせたというのに、ごきげんようも無し?
 そんな風に育てた覚えはないよ、私」
「育てていただいた覚えもありません」
「おっ、言うようになったじゃない。
 あ〜あ…はじめてあった頃はあんなに可愛らしかったのに…。
 あの頃のあなたはどこへ行っちゃったの、祐巳?」
「そりゃ、お姉さまに鍛えられましたから」
 白薔薇の蕾こと福沢祐巳は、ため息混じりに答えた。
「……ところで、いつまでそうしてるつもりなんですか?」
「ん〜?何がぁ?」
 意地悪い笑みを浮かべながら、聖はくるりと体ごと振り返った。
 その腕に抱かれて、あたふたと戸惑っているのは紛れもなく祐巳の妹。
 祐巳の眉がぴくりと動いた。
「百面相は相変わらずね、祐巳」
「ご忠告ありがとうございます。
 それよりも、早く志摩子を放してくれませんか?」
「いやよ。志摩子ちゃんって、結構抱き心地いいから……癖になっちゃうんだよねぇ〜」
「お、お姉さまぁ」
 志摩子にほお擦りする聖。その志摩子はといえば、祐巳に助けを求めるように手を伸ばしている。
 祐巳は、その手を掴むと一気に抱き寄せた。
「あーあ、とられちゃった」
 残念と、聖は腰に手をついてため息をついた。
「志摩子、大丈夫?変なことされてない?」
「は、はい……」
「お姉さまはセクハラ好きの抱きつき魔だから不用意に近づいちゃだめだよ?
 志摩子は可愛いから何をされるか…」
「祐巳、それはちょっと言いすぎじゃない?
 それじゃまるで、私が痴漢みたいじゃない」
「…違うんですか?」
「いったなぁー」
「うぎゃっ!」
 怪獣の鳴き声が響く。志摩子と比べて、なんてはしたない。
「お、おお、お姉さまぁっ?!」
「妹にヤキモチ焼くようなお姉さまには、お仕置きだー」
「ち、ちょっと、どこ触って……志摩子ぉ〜、助けてよぉ」
「お、お姉さま……」
 祐巳のピンチに志摩子は聖に視線を向けた。
「…志摩子も一緒にやる?」
「わ、私、お茶の用意を…」
 聖のお誘いに、顔を真っ赤に染める志摩子。そのまま、逃げるように流しに向かう。
「あーん、志摩子ぉー」
 志摩子の背中に手を伸ばしながら、祐巳は情けない声を上げた。

「白薔薇姉妹は相変わらずねぇ」
 目の前で繰り広げられる姉妹漫才に、黄薔薇こと鳥居江利子は楽しそうにつぶやいた。
 白薔薇姉妹のやり取りは、もはや薔薇の館の名物となりつつある。
 今日のトリオ漫才にタイトルをつけるとすれば、「セクハラ親父と仲良し姉妹」と言ったところか。
「祐巳ちゃんも大変ね、ヤキモチ焼きの姉を持って…」
「ヤキモチ焼き……?聖さまが…ですか?」
「令も相変わらずね……由乃ちゃんはどう思う?」
「将を射んと欲すればまず馬を射よ」
「正解」
 黄薔薇の蕾こと支倉令と、その妹島津由乃。
 混乱気味の令を尻目に、由乃は机の上に組んだ手の上にあごを乗っけたりして、すまし顔。
 あなたに弱みは見せませんという姿勢が感じられて、本当に可愛らしい。
「……どういうこと?」
 混乱がピークを迎えたのか、令は由乃に聞いた。
「つまり、聖さまは祐巳さまにかまって欲しかったの。
 だから志摩子さんに抱きついて、祐巳さまを挑発した」
「それじゃぁ、私は馬なの?」
 お茶をテーブルに置きながら、志摩子が話しに入ってきた。
 さっきとは違い本来の落ち着きを取り戻してるみたいだが、その実ちらちらと白薔薇姉妹のじゃれ合いを覗き見ている。
 気のせいかもしれないが、どこか羨ましそうだ。
「そろそろ止めたほうがいいんじゃない?」
 お茶を置く際に身をかがめた志摩子の耳元で、令がささやいた。
 白薔薇姉妹はこちらのことなんてお構いなし、聖が解こうとするタイを祐巳が何とか死守している。
「…二人の邪魔をするわけにはいきません。
 それに、お姉さまもああ見えて嬉しいみたいですから…」
「志摩子ちゃんはどっちが羨ましい?」
「え…?」
 江利子の言葉に、志摩子の手が止まった。
「祐巳ちゃんに抱きつける聖?
 それとも、聖に抱きしめられる祐巳ちゃん?」
「そ、それは……」
「そんなの前者に決まってるでしょ、黄薔薇さま」
 江利子の言葉に答えたのは、第三者の声。扉を開けて入ってきた最後の薔薇姉妹、紅薔薇こと水野蓉子だった。
 隣では、妹の小笠原祥子が、呆れ顔で白薔薇姉妹を見ている。
「毎日毎日、お飽きになりませんの?」
「祥子さん、助けてぇー」
 親友なら何とかしてくれると、助けを求める祐巳。
 しかし、祥子はごめんなさいと言うように首を横に振ると、そのまま席についてしまった。
「飽きるわけないでしょ?
 祐巳の抱き心地はリリアン1……ちなみに、志摩子ちゃんは2番目」
「祐巳ちゃんと志摩子ちゃんにしか抱きついてないのに、自信満々ね」
「そりゃ、私の妹と孫だもん」
 聖の姉バカぶりに、蓉子は苦笑を浮かべた。
「とにかく。
 そろそろ祐巳ちゃんを放さないと、志摩子ちゃんに嫌われるわよ」
「それは困る」
「うわっ、とっとっ」
 抜け出そうと必死に動いていたところに、急に開放されて祐巳がよろめいた。
 倒れそうになる祐巳の元へ、いち早く駆け寄る影がひとつ。
 いわずと知れた、志摩子だった。
「お姉さま、大丈夫ですか?」
「ありがとう、志摩子」
 体を支えるように横から祐巳を抱きしめる志摩子。
 どちらかといえば、妹の方が背が高いこの姉妹。こうしてみると、祐巳のほうが妹に見えるから不思議だ。
「よかったね、志摩子さん。
 念願の『お姉さまを抱きしめること』ができたじゃない」
「こ、これは…倒れそうなお姉さまを助けるようと…」
「照れない照れない」
「おめでとう志摩子ちゃん」
「黄薔薇さままで…」
 由乃の言葉に乗ってからかうと、志摩子は顔を真っ赤に染めてうつむいた。
 それでも、祐巳を放そうとしないのだから、志摩子にもちゃんと白薔薇の遺伝子が受け継がれているらしい。
「祐巳さん、妹に抱きしめられた感想は?」
「令。祐巳さんをあまり困らせないの」
「祥子さんだって、さっき助けてくれなかったでしょ? 人のこと言えないよ」
 むくれながら文句を言う祐巳。親友二人は、笑ってごまかした。
「ゆ〜み、可愛い顔が台無しだよ。
 志摩子ちゃん、私のお茶は?」
「あっ……ごめんなさい」
 テーブルの上におかれたお茶の数は全部で5つ。黄薔薇姉妹の前におかれた紅茶3つと祐巳の紅茶が一つ。
 後一つ残っているが、中に入っているのは緑茶。明らかに志摩子のものだった。
「すぐに用意します。紅薔薇さまと祥子様は?」
 後から来た紅薔薇姉妹のリクエストも聞いて志摩子は再び流しに向かった。今度は祐巳もついていった。
「……もしかして手遅れ…かな?」
 一人残された聖のつぶやきに、みんなそっと目をそらした。

「……白薔薇さまも黄薔薇さまも可愛い孫がいていいわねぇ」
 急ぎの仕事もないことも手伝って、お茶会のような雰囲気の薔薇の館。
 仲良くおしゃべりしている黄薔薇姉妹と白薔薇姉妹を見つつ、蓉子は知れずつぶやいた。
 とたん、祥子の顔が不機嫌になる。
「お姉さま、何がおっしゃりたいのですか?」
「ただの独り言よ。
 でも、そろそろ孫の顔が見てみたいっていうのは、本当」
「…早く妹を作れと?」
「そうしてくれると嬉しいわね。少なくとも私たちが卒業するまでに」
「努力はしています」
 若干むくれながら、紅茶をすする祥子。
 祐巳と令に先を越されて、一番焦っているのは祥子自身とわかっている。
 去年とは違い、習い事はすべてやめさせて余裕はあると思うが、いかんせん下級生と触れ合う機会が少なすぎる。
 それでも、ほぼ同じ状況だった聖も見事祐巳と出会えたし、祐巳も志摩子と出会っている。自分自身もそうだった。
 祥子の何が悪いのか…最近の蓉子の悩みの種がこれだ。
「目をつけてる一年生はいないの?」
「いたらここにいます」
「そうね…。そういう時は積極的よね、祥子は」
 ため息がもれた。目星もついてないとすると、これはかなりてこずる問題だ。
 二年前の自分の状況より悪い。
「…ねぇ、祥子。たとえば、こんな子を妹にしたいっていうイメージはあるの?」
「イメージ…ですか?」
 こうなったら、助け舟を出すしかない。前薔薇様にされようにまずはリストを作ることに決めた。
「そう。
 可愛いとか、まじめとか……そういう漠然としたものでいいから」
「そう……ですね。
 たとえば…」
 祥子自身纏まっていないのか、ポツリポツリと断片的なイメージを語り始めた。
 真剣に問題解決に乗り出した蓉子はもちろん、興味を持ったのか江利子と祥子の親友である令が聞き耳を立てている。
「…それで…」
 話すことでイメージが固まっていくのか、祥子は徐々に具体的に理想の妹像を語り始める。
 それに比例して、蓉子の頭は徐々に痛み出していく。令もどこか呆れ顔で、年下の由乃も複雑な表情を浮かべている。
 笑っているのは江利子ぐらいだ。
「……どうかしました?」
「どうかしたじゃないわよ……」
 蓉子は痛む頭を抑えつつ、盛大にため息ついた。祥子の語った理想の妹像に、もっとも近い人を蓉子は知っている。
 知っているからこそ、頭が痛い。
「それって、まるっきり祐巳ちゃんのことじゃない」
「祐巳さん…?」
 首をかしげる祥子。確認を求めるように令の方を向くと、令も苦笑を浮かべてうなづいた。
 ちなみに、その当人の祐巳はといえば。
「だから、志摩子がわざとお姉さまのお茶を忘れるわけないじゃないですか」
「本当?」
「申し訳ありません。少し戸惑ってしまって……白薔薇さまのことを失念してしまいました」
「志摩子は私より確りしてますけど、失敗はします。だから、元気出してください」
「…じゃぁ、抱きついても怒らない?」
「それは、話が別です」
「意地悪」
 むくれる聖に、くすくすと笑う志摩子。その間に挟まれて、祐巳も笑っていた。
 本当、初めてきたときと比べると、あの子も強くなったと思う。
 あの聖をここまで操れるのは、前白薔薇さましかいないと思っていたが。
「確かに、祐巳ちゃんなら祥子を任せても安心だったんだけど…」
「同じ学年にしてしまうなんて……マリア様も気まぐれね」
 江利子と顔を見合わせて、笑いあう。心からは笑えないが。
「まぁ、祐巳ちゃんを妹にしたいって気持ちはわかるわね。
 私も令より先に祐巳ちゃんにあってたら、妹にしてたかもしれないし…」
「そんな、お姉さま…」
「もしもの話よ。令が妹で私は満足。
 安心しなさい」
 江利子の言葉に泣きそうな顔をする令だったが、次の言葉で嬉しそうに笑った。
 当然、由乃は面白くないようで、「令ちゃんのバカ〜」とポカポカとたたき始めた。
「祐巳ちゃんが、あと一日遅く生まれてくれればね…」
 祐巳の誕生日は4月1日。ぎりぎり滑り込みで、祥子達と同じ学年になってしまった。
 実質、祐巳と由乃と志摩子は同い年ということになる。
「祐巳さまが一緒の学年なら、いい友達になれたのになぁ〜」
 令をたたくことを一時中断して、由乃はさも残念だといわんばかりにつぶやいた。
 一日とはいえ学年の違う由乃と祐巳。どこか遠慮してしまうところがあるのだろう。
「一つしたなら、由乃も祐巳さんのこと妹にしたい?」
 令の言葉に、由乃は首を横に振った。
 正直、意外だった。それは祥子たちにも言えるのか、はしたなく口をあけて固まっている。
「ひどいな〜。由乃ちゃん、私のこと嫌い?」
 どこから聞いてたのか、祐巳が寂しそうに聞いた。
 なんだか、志摩子が睨んでるような気がする。聖は、二杯目のコーヒーを自分で入れに行った。
「そ、そうではなくて…。
 面倒くさいことは志摩子さんに任せて、私は無責任に甘やかしちゃおうかなぁ〜って…」
 手と首を激しく横に振って、理由を話す由乃。確かに、それは納得できる。
 前薔薇様達も、よく祐巳を可愛がっていた。
「それは由乃さんにお任せします。
 お姉さまを可愛がるのは私が引き受けるわ」
 志摩子参戦。由乃の眉がつりあがる。
「あら、志摩子さん。祐巳様にいただいた恩をお返しにならないつもりかしら?
 祐巳様を妹にするのは、志摩子さんが適任じゃない」
「お姉さまが年下ならという話でしょ? だったら、問題ないわ。
 お姉さまを妹にするのは由乃さんで」
「いえいえ、志摩子さんが」
「遠慮なさらずに、由乃さんが」
「志摩子さん」
「由乃さん」
 両者一歩も譲らず。お互い上品に笑ってるように見えて、瞳から火花が散っているようだ。
「ねぇ、二人とも……。
 それって、私を教育することは面倒くさいから絶対にいやって事?」
『え、そ、その…』
「私って、やっぱり頼りない?」
「そ、そんなことありませんっ!
 お姉さまは、白薔薇さまよりも頼りになりますっ!」
「祐巳さまに比べたら令ちゃんの方が心配で心配で…」
 焦ってるせいか、何気にひどいことを口走る由乃と志摩子。
 聖も令も、下級生の言葉にうなだれている。
 そこで耐え切れなくなった江利子が噴出し、それをきっかけに徐々に笑いの波が薔薇の館を包んでいった。

 これは、マリア様のちょっとした気まぐれ。
 福沢祐巳が少しだけ早く生まれて、白薔薇姉妹の一員となったIF物語。
 この山百合会がこの先どうなっていくかは……また別のお話。
 今日はとりあえず、ここまで。

 〜FIN

あとがき

これは「Natural & Free」というサイトに投稿していた作品でした。
「早生まれ」の元となったものです。
私の持論として祐巳ちゃんはオールマイティースールなんですよね。
誰の妹でも姉でも当てはまる。中でも白薔薇メンバーと姉妹関係を作るのが一番好き。
そんな思いからこの作品を書き上げたのがすべての始まり。
いい子ですよねぇ、祐巳ちゃんって。俺も、こんな妹がほすぃ。
…いや、いるんですけどね、実妹。しかもおんなじ「ゆみ」でやんの。